とは、まさにあたしと彼のことだ。
勿論釣られたのはあたしだ。
その時の餌はかなりの極上だった。
「こんなかわいい子が自分の彼女になってくれるだなんて」
「愛してるよ。結婚しようね」
もうお腹一杯だよ。ってくらい極上の餌を与えてもらっていた。
お腹一杯で食べれないときは、水槽の外からいつもいつも見ててくれた。
その頃はもう、自分はこんな体なんだし、真剣に一生一緒に居てくれる人などもう現れない。だからもう恋愛はしない。出来ない。と諦め、自分自身にすっかり自信をなくしていた時期だった。
だから余計嬉しかったし、こんな体でも諦めなくていいんだ、自信を持っていいんだ。って思った。
しかし、序所に餌は乏しいものとなり、今となってはほとんど餌を与えてくれない。
水槽に投げ込まれたモノは一見餌に見え、噛り付くも、硬くて硬くて到底食べられない。
だから一向に空腹は満たされない。
水槽の水は濁りきっていて、もう外からは中の様子が良く見えなくなっている。
「君よりかわいい子なんて街とかででもいくらでもいる」
魚自体にもコケが生えて、きっと今じゃもう醜い姿なんだろう。
そして水が余りにも汚いもんだから、いつも苦しい。
餓死状態でもがいているあたしを見て楽しんでいるのだろうか?
それとも魚が勝手に死んでくれて、水槽の上に静かに浮かんでくる日を待ち遠しく思っているのか?
確かにあたしは魚ではないわけで、魚よりかは感情もあるし、それを表現することが出来る。
いや、魚なんか比べる対象にはならない。人間としてでも人並み以上に感情を顕わに出す。
だから釣ったはいいものの、飼うには想像以上に手がかかる。というのは自分でも分かってる。
実際に沢山苦労はさせてしまった。嫌な思いもさせてしまった。
でも彼を愛しているという感情も、それもまた人並み以上であるのは間違えない。
釣られたあたしは水槽の中にいる。
このまま餌をやらずに放置して餓死させることも、水槽ごと捨ててしまうことも、この権力を握っているのは彼。
おとなしく言うこと聞かないと捨てちゃうぞ
飼い主を怒らすと餌はやらないぞ
お前にあげれる餌(愛情)はもうないんだ、お前の態度に相当する餌しか与えられないんだ
お前はたまにぴょんぴょん跳ねて水槽から出ようと見せかけてるけど、どうせ出る気なんかないんだろ?出たくないんだろ?この餌がないと生きていけないんだろ?
水槽の外から、飼い主はこのような態度を水槽の中にいるあたしにちらつかせている。
水槽の中にいるあたしは、確かに餌は欲しい。あたしの態度相当の餌をくれるというのならば、一度味わってしまった極上の餌をまた味わえるように努力する。
でもいずれどう足掻いても餓死させられるかもしれない、この水槽ごと捨てられるかもしれない、
そしてあの極上の餌が幻だとしたら?
もう餌は他の魚に与えており、もしくはそこらじゅうにばら撒いていて、あたしに与える分は残ってないから?
不安と恐怖に押し潰され、努力をしようという気力すらなくなってしまう。
どうせ努力してもあの極上の餌は幻だったんだから、努力しても無駄なんだ。
この水槽ごともうホントウは邪魔なんだけど、捨てる場所がなかなか見つからないだけで、見つかり次第捨てられちゃうのならば、もういまさら努力したって無駄だ。
餓死させる気でいるのなら、いくら努力したってもう餌は与えてもらえないんだ。
こうやって不安がっている姿を見ているのも、もしかしたら楽しんでいるのかもしれない。
こいつは俺からの餌をこんなに欲しがっている、俺がいないと生きていけないヤツだ。
といつでも確信が出来、そこから自分は『男』である。という自信が持てる。
でもそれもまた、こんなコケだらけの汚いヤツに「愛してる」とか「かっこいい」とか誉めコトバを貰っても、大した自信にもならないな。ってそのうち思うようになるかもしれない。
あたしはもう、水槽の水面に静かに浮かんだほうがいいのか?